脱ニートって無理なんじゃないだろうか。
そう思ってきた最近。
一生、こういう「ニートっぽい」精神状態、考え方、生き方でやってくんじゃないだろうか。
脱ヒキしたと思った10年間、脱ニートしたと思った7年間、だんだん、そう思うようになってきた。
色んなことをしてきたけど、結局、自分の考え方、感じ方、幸せの形、好きなこと、嫌だと思うこと…
は、結局変わらなかった。
10年たっても、結局欝が来て「自分はこのままではいけない」と自分を責め、結局何もできない。
たぶん…
まったく違う人間、性格になるとかは、無理なのかもしれない。
「ニート」という言葉が、自分のひきこもってる間「発明」され、多くの人が、自分も含め、くくられるようになってしまった。
しかし、これは、自分の元からあるもので、「ニート」 から自分が出てきたのではなく、自分が先にあるのだ。
おそらく…ずっと変わらないだろう。
「ニート」からは。
だから脱ニートはできないと思う。
社会を変えるという言葉も、勘違いしていたかもしれない。
自分が社会を変えるのではなく
自分が生きる社会を、その足で、違う場所に移動するのだ。
自分が移動して、生きてくとこを変えるのだ。
社会は「変わら」ない。
自分が生きる場所が、トコトコと、歩いて、違う場所に行くだけ。
自分も変わらない。
行動様式だけが、ほんの少しづつ変わっていくだけなのだ。
自分も。
生き方も。
社会なんてない。
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